研究開発の背景

後方散乱通信(バックスキャッタ通信)とは電波の反射を用いた通信方式であり、無線タグシステムやレーダなど、機能・性能が高い基地局装置(リーダライタ)と、機能や性能が低い端末を組み合わせた無線システムで広く用いられています。後方散乱通信の端末は、自ら電波を発信するための発振器や増幅器を有せず、対向するリーダライタから供給される電波に対してアンテナのON/OFFを用いることや、反射波の位相をアナログ回路で変えることで、端末からリーダライタへの信号伝送を可能としています。端末をLSIなどで極めて省電力に作ることで、リーダライタから供給する電波で端末を起動でき、端末側にバッテリ不要で無線通信可能な、システムを構築することも可能です。

従来、後方散乱通信は、端末の識別子やリーダライタからの相対的位置を高速に検知することに用いられてきましたが、最近では、MEMSセンサの省電力化などにより、センシング目的でも用いられるようになってきました。中でも代表者らの研究チームが注目している分野は、産業機械や土木構造物の構造健全性モニタリング(Structural Health Monitoring: SHM)です。SHMとはつまり、構造物の故障や不具合をセンシングによって検知・予知することです。SHM自体は長い歴史を持っていますが、複数センサ情報をリーダライタ側で完全同期して取得する必要があるため、これまでは試験のためにセンサをワイヤーハーネスで取り付け、検査が終わったら取り外すという形で実用されてきました。このため検知の頻度は低く、また検査による運用停止時間を短くするためセンサ個数を限定し、検知精度は必ずしも高くありませんでした。

この問題に対して代表者らの研究チームは、大量の後方散乱通信を用いたバッテリ不要センサが同時にセンサ情報を無線送信しても、リーダライタ側のデジタル信号処理でそれぞれを分離する全く新しい無線通信方式:マルチサブキャリア多元接続方式(MSMA)を考案・開発し、2015年から3年間に引き続き、2018年から2年間、総務省SCOPEの委託研究により現在では20端末程度の完全同期通信を実現しています。この技術をSHMに適用することで、センサ取り付け・取り外しが不要となり、かつセンサが極めて小さいので、高頻度での検査や、運用中検査が従来以上の精度で実施できるようになります。検査頻度や精度が向上することで、大量データを集めやすくなり、それらの分析による予知保全も実現できます。2020年度からは総務省 電波資源拡大のための研究開発「同期・多数接続信号処理を可能とするバックスキャッタ通信技術の研究開発」を4年間受託(2020-2023年度)し、構想を試作品にて実現しました。

2024年度からは、試作システムを用いた様々な実証実験を実施しています。