MSMAの着想と概要
構造健全性モニタリング(Structural Health Monitoring: SHM)では、複数のセンサから完全に同期したセンサ情報を取得することが必要です。具体的な要件としては、例えばNoelらは、無線センサをSHMに応用するための要件として、100から1000Hzのサンプリングレート・70以上の端末数・120マイクロ秒以内の同期精度を挙げています。マルチサブキャリア多元接続(MSMA)は、後方散乱通信の端末の単純な構成はそのままに、質問器側の信号処理によって周波数利用効率の高い複数端末からの同時ストリーミングを実現し、これらの要件に応えます。
後方散乱通信を利用する既存の技術では、複数の端末から情報を得る際にはTDMA、すなわち端末ごとに質問器に対して返答する時間を分ける方式が一般的に用いられています。一方、SHMの要求条件を考えると、複数の端末から同時にセンサ情報をストリーミングする必要があります。後方散乱通信の端末がサブキャリアを利用して情報を返送する手法では、RFスイッチを切り替える周波数(サブキャリア周波数)を変化させることで、任意の周波数にサブキャリアを発生させることができます。端末ごとに異なるサブキャリア周波数を割り当てることで、複数の端末が周波数を分けて同時に通信するFDMAを実現することができそうです。しかし、RFスイッチの二状態の切り替えによってサブキャリアを生成すると、それより高い周波数に高調波が出現し、該当する周波数でサブキャリアを発生させている他端末に干渉してしまいます。
高調波による干渉の問題を解決するには、単純には、各端末に互いの高調波が干渉しないようにサブキャリア周波数を割り当てることが考えられます。もしくは、一般的なFDMAでは、端末側に高調波の発生を抑制する仕組みを導入しています。一方我々は、後方散乱通信の端末が発生させるサブキャリアの高調波による干渉を質問器側の信号処理で後から取り除く技術を開発しました。これがMSMAの基本技術です。センサ付きパッシブRFタグが既に商用化されていることを考えれば、それらと同等の機能を持つ端末とこの干渉除去機能を組み込んだ質問器を組み合わせて、端末側無電源でSHMに必要なセンサ情報を収集するシステムを実現できるはずです。
サブキャリア間干渉除去の原理
サブキャリア周波数でのRFスイッチの二状態の切り替えによってサブキャリアを生成するということは、質問器から送出された無変調連続波の反射率がサブキャリア周波数で二段階に変化する、つまりサブキャリア周波数の矩形波を重畳していると言い換えることができます。
この信号をフーリエ級数展開すると、サブキャリア周波数の成分に加えて、サブキャリア周波数の奇数倍(3倍、5倍、7倍、…)の周波数にその逆数倍(1/3倍、1/5倍、1/7倍、…)の強さの成分が含まれることが分かります。このサブキャリア間の干渉の関係を行列を用いて表すと、その行列は下三角行列になります。つまり、低い周波数のサブキャリアの受信信号から高調波のレプリカを生成することができれば、それをより高い周波数の被干渉サブキャリアの受信信号から減じていくことを繰り返すことで、被干渉サブキャリアでの元の送信信号を受信側で復元することができます。この与・被干渉の関係性と高調波レプリカ生成がMSMAのサブキャリア間干渉除去の基本です。